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はじめに:未来に絶対はない(それでも仮説を持つ)
前回の記事では、中長期まで(例えば10~100年後程度)の「未来へのロードマップ」を作成することにより、「起こりうる可能性を洞察する」ための羅針盤として活用することについてお話しました。
なお、未来に絶対はありません。それでも仮説(Futures Thinking)を形成していくことには、以下の意味があります。
- 前提として、未来は「可能性」であり、分岐しています。(仮説は “複数” 持てます)
- そのため、「未来へのロードマップ」は “仮説” であり、 “仮の答え” です。
- 仮説は随時ピボットして良いものとします。仮説を持つことで、随時に答え合わせできる尺度を持つことができます。未来への早期解像度を高め、適切なピボットをできる限り早くに行えるようにすることが目的です。
今回は、その具体的な仮説思考として、「農業」の中長期的な「未来へのロードマップ」を作成してみましょう。
まずは、「自分自身が納得できるレベル」で、最低限の論理的な確認を行いながら進めていきます。
現状確認:農業の未来に向けた現在の取り組みについて把握
まずは仮説を描く前に、ロードマップを描く前提となる、「農業の未来に向けた現在の取り組み」の現状を調査・確認します。(仮説思考をしていくことが大事なので、ここはアバウトで大丈夫です。)
今計画されている「農業の課題」として、主に次のものが確認できました。
課題① 環境破壊の低減
課題② 気候変動の影響緩和
課題③ 生産性向上
課題④ 栄養と生活の質の向上
直面する緊急課題として環境破壊への対応(二酸化炭素・メタンの排出量を削減、土壌の健全性を向上、気候変動の影響を緩和など)が優先される傾向にあるようです。
なお、課題①~④を解決するために、次のような農業改革の取り組みが進められていることが確認できました。
1. スマートオートメーション
2. 精密農業
3. 研究・開発
培養肉、垂直農法、フードプリンタ
<補足>
1. スマートオートメーション:
・AIやロボット(ドローン)を使って農作業(土づくり、植え付け、各種対策、収穫など)を自動化、遠隔コントロールする取り組み
・導入コストに課題があるが、シェアリングや機器のコスト低下により大幅な生産コストの削減が期待できる
2. 精密農業:
・農業のDX化により即時精密に観察と分析を行い、最大効率で農作物や畜産物のコントロールを行う取り組み
・IoTなどによる農地・農作物の詳細なデータ観察をもとに、ⅰ)~ⅳ)のサイクルを回して無駄のない農作物の収穫および品質の向上を行う
ⅰ)農地・農作物の観察、ⅱ)制御、ⅲ)収穫量・品質向上の実施、ⅳ)計画
3. 研究・開発:
・垂直農法
高層ビルや倉庫などを使って、多段に重ねて農作物を育てる農法。都市部などでの栽培手段として期待されている。
・培養肉
細胞を組織培養することにより食肉を生産する方法。動物を屠殺する必要がなく、環境破壊への影響が少ないことから代替肉として期待されている。
・フードプリンタ
現状では可食インクを吹き付けるもの、パスタの3Dフードプリンタなどがある。100年後には、個人の年齢や性別、嗜好、体調、栄養などのデータをもとに、最適な食材や調理法で料理をしてくれる3Dフードプリンタをレンチンのように使える未来を期待したい。
農業の未来に向けたロードマップを描く(仮説を描いてみる)
さて、上記までで、「現状(の取り組み)」をざっくり確認が終わりました。
それではここから、「未来」について仮説していくことにします。
起こりうる未来のロードマップを作成する際の基本として、大きく以下の2つの流れを考えてみましょう。
- 現在の取り組みの延長に考えられる未来
- “もしかしたら起こるかもしれない”、 不確実性がまだ高いけれど、産業構造を激変するかもしれない未来
flow1)現在の取り組みの延長にある未来
仮説:
新たなインフラの発展と世界的な農業改革の取り組みにより、食にかかる費用が下がっていく未来を2070年※に想定する流れ
flow2)産業構造を激変する未来
仮説:
農産物のコストが限りなくゼロに近づいていくにつれて、企業の利益が激減し、ビジネスとしての展開が困難となるかもしれない未来を2120年に想定する流れ
さらに、2つの変化が交差する流れとしてとらえます
flow2-1)農業ビジネスが少しずつ崩れていく流れ
flow2-2)食の供給形態が変化していく流れ
※Futurist(フューチャリスト)コミュニティでは、現在の先端技術等(AI/ブロックチェーン等の分散型NW技術/IoT/メタバース/その他DeepTech、etc)が社会実装されて、産業革命以降のこれまでの社会構造を大きく変える可能性が十分に高まる頃合いを「2070年」(今から約50年後)と仮に置いています。「非線形な変化」が起こるかもしれない、不確実性の高い可能性も想定しておきます。
参考:2070年の世界 〜シンギュラリティ・ネイティブの出現〜
現代の取り組みの延長にある未来(flow1について)
新たなインフラの発展と世界的な農業改革の取り組みにより、食にかかる費用が下がっていく未来を2070年に想定する流れについて「未来仮説」を設定します。
理由(思考プロセス/手法):
まずはじめに、むかうべき未来の方向を定めるために「未来ターゲット」を設定します。
現在の動向の延長にある「未来ターゲット」を発見的に設定する
手法:アブダクション、線形推論
-現在の農業改革とグローバル競争が進めば、食にかかるコストがどんどん下がるはずだ
-50年後(2070年)の食のコストは2020年の5%以下(仮)になるかもしれない
次に、現代の動向から「未来ターゲット」に向かって進む原動力となる「改革要素」をピックアップします。
要素① 新ネットワーク基盤の構築・発展
IoT、AI、スマートシティ、自動交通(MARS・ドローン)、自動ロボット・ドローン、メタ・ミラーワールド、再生エネルギーなど
要素② 農業改革(スマート農業)の推進
新ネットワーク基盤上でのスマートオートメーション、精密農業、情報化・ノウハウ流通など
要素③ グローバル競争の激化
自由貿易協定の拡大によるグローバル競争の激化、はてしない価格低下圧力によるコスト削減競争など
最後に、「食のコスト削減要素」をもとに「未来ターゲット」に向かって進む「未来仮説」を設定します。
最低限の論理的な確認を行いながら「未来仮説」を設定する
直近未来(5年~10年後): 未来仮説A
手法:線形推論
要素①②の技術的な立ち上がり期であるから、線形にコスト削減が進むだろう。 ➡コスト削減と並行して要素③が激化していく
近未来(10~50年後) : 未来仮説B
手法:線形推論、バックキャスト、(アブダクション)
要素①②が自由に利用できる普及期を迎えるから、各新ネットワーク基板と農業改革の各要素間の相互作用による相乗効果でグローバル競争が激化して(要素③)、加速度的にコスト削減が進むだろう。
中未来(50~100年後) : 未来仮説C
手法:バックキャスト、(アブダクション)
食のコストがゼロに近づくにつれて削減の効果が限界となるから、しだいに緩やかにコスト削減が進むだろう。
ロードマップを比率で表現する:
Step3)で設定した「未来仮説」をイメージとして捉えるため、「食の価格低下の推移」を比率で表現してみます。(もちろん、あくまでイメージであり、仮説としてです)
産業構造を激変する未来(flow2について)
農産物のコストがゼロに近づいていくにつれて企業の利益が激減し、グローバルビジネスとしての展開が困難となる未来を2070年に想定する流れについて「未来仮説」を設定します。2070年は資本主義崩壊の時代としてもとらえられます。(可能性として考えてみます)
理由(思考プロセス/手法):
まずはじめに、むかうべき未来の方向を定めるために「未来ターゲット」を設定します。
現在の動向の延長にある「未来ターゲット」を発見的に設定する
手法:アブダクション、線形推論
-食にかかるコストがゼロに近づく未来には、ビジネスとしての農業は成立しなくなるはずだ
次に、「未来のターゲット」をブレークダウンする「100年後の未来仮説」を設定します。
最低限の論理的な確認を行いながら「100年後の未来仮説」を設定する
手法:アブダクション
問い:
ビジネスとしての農業が成立しない未来に「食」はどのように供給されるのだろう?
未来仮説D.
通常の生活のために必要な栄養源としての食が必要であるから、共有財として国・地域のサービス(ベーシックインカムなど)として供給さているだろう。
未来仮説E.
最大効率で食を供給するために、地域共有共同体(コモンズ)=地産地消(地域・家庭)で共産(生産、加工、調理)をしているだろう。
次に、現代の動向から「100年後の未来仮説」に向かって進む原動力となる「改革要素」をピックアップします。
要素④ スマートシティにより自給する自律分散都市化(地方都市ネットワーク化)
要素⑤ スマート農業、垂直農法による地域共有共同体<コモンズ>・家庭での生産
要素⑥ 食のソフトウェア化:3Dフードプリンタ、培養肉など
最後に、「食の地域共産への移行要素」をもとに「未来ターゲット」「100年後の未来仮説」に向かって進む「未来仮説」を設定します
最低限の論理的な確認を行いながら「未来仮説」を設定する
直近未来(5年~10年後):未来仮説F
手法:線形推論
生産コスト削減によるグローバルビジネスが活況となることから、世界人口を伸ばし農業新興国が台頭するだろう。一方で、世界的な競争とコスト削減圧力が、世界全体の農業ビジネスを徐々に衰退させていくだろう。
近未来(10~50年後) :未来仮説G
手法:線形推論、バックキャスト、(アブダクション)
急速に進む生産コストの削減により農業ビジネスの衰退が顕著になることから、2070年に「農業ビジネス」と「食の地域共産」による食の供給割合が転換点をむかえるだろう。
「食の地域共産」を支える必要から、スマートシティによる自律分散都市が全国に広がり(要素④)、スマート農業や垂直農法が地域の生産を支え(要素⑤)、3Dフードプリンタによる自動加工・調理や培養肉などのバイオ育成技術が実用期をむかえて食のソフトウェア化が進められていく(要素⑥)だろう。
中未来(50~100年後) :未来仮説H
手法:バックキャスト、(アブダクション)
地域での食が安定に供給できるようになりコンパクト化が進められる(だろう)ことから、スマートシティ、スマート農業、3Dフードプリンタなどの連携により食のソフトウェア化が普及して家庭でも生産・加工・調理を実施するようになるだろう。
贅沢品としての食への欲求は残るころから、農業ビジネスは1割程度残るだろう。
ロードマップを比率で表現する:
「食の地域共産への移行仮説」をイメージで捉えるため、「食の供給形態」の推移を2つの流れの比率で表現してみます。(もちろん、あくまでイメージであり、仮説としてです)
flow2-1)「農業ビジネス」が少しずつ崩れていく流れ
flow2-2)「食の地域共産」の割合が増加していく流れ
農業の未来は、スマートシティによる自律分散型都市ネットワークの発展や、共有型経済を支える地域共有共同体(コモンズ)の形成などと並行して進められます。短期的な生産性向上だけにとらわれるのではなく、持続的にヒトが生活する環境を構築していくための長期的な未来に向けた視野をもつことが必要です。
今回は、農業の未来の羅針盤として「自分自身が納得できるレベル」で論理を展開してみましたが、第三者や組織を巻き込むためにはより詳細な動向調査、論理展開、企画書を作成する必要があります。
今回は以上です。
上記に挙げた内容は、業界に詳しくなくても、仮説を描いてみる実験を示しました。
実際には、現在が未来にスライドするに連れて答え合わせを随時していき、仮説を修正していく必要があります。また、これらの仮説を元に、実際に自ら事業や実験をして解像度を高める方法もあります。他にも、有識者との試行錯誤を元に、解像度を高めてピボットしていく方法もあります。ここで重要なのは、まずはざっくりと、Futures Thinking(未来思考/仮説)を行うことにより、スタートラインに立つようなイメージとなります。
Futurist(フューチャリスト)コミュニティについて
Futurist(フューチャリスト)が集まるコミュニティ。「未来は “待つ” ものではなく “歩む” ものである」を掲げる。都内複数拠点で月1程度で活動。slackやZoomでは日常的に交流。各々がバックキャストするFuturist活動の相互支援やFuturism探求の視察・企画・共有会なども実施。 [ 活動内容の参考は こちら ]
Futurist(フューチャリスト)コミュニティに参加するには?
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